
不動産の鑑定評価といえば、土地や建物の価格を求めることが多いですが、実は「家賃(=賃料)」の鑑定も重要な業務の一つです。
特にオフィスビルやマンションなど、長期の賃貸借契約が前提となる不動産では、賃料の改定(=家賃交渉)の場面で、公平な家賃として、不動産鑑定士による「」の評価が求められることがあります。
この記事では、継続賃料において中心的な考え方となる「差額配分法」を軸に、新規賃料と現行賃料の関係、さらに積算法や賃貸事例比較法なども交えつつ、鑑定の考え方を分かりやすく解説していきます。
継続賃料とは?新規賃料との違いは既存契約の有無
新規賃料と継続賃料の定義
まずは「新規賃料」と「継続賃料」の違いについて整理しておきましょう。
- 新規賃料:新たに契約する際の適正な賃料。募集条件や市場の相場を踏まえて決まります。
- 継続賃料:既存の賃貸借契約を継続する中で、改定が必要になった場合の適正な賃料。たとえば「契約更新」や「賃料改定請求」が起点となります。
新規賃料は市場原理に基づく「今の相場」で決まりやすいのに対して、継続賃料は「現行賃料」とのバランスや契約の経緯も重視されます。
賃料改定の場面
継続賃料の鑑定が求められるのは、主に以下のような状況です
- 賃借人が「家賃が高すぎるので下げてほしい」と申し入れる
- 賃貸人が「最近の相場を見て値上げしたい」と主張する
- 双方の意見が合わず、最終的に訴訟や調停に発展するケース
このような場面で、不動産鑑定士が第三者として妥当な金額を示す「鑑定評価書」が大きな意味を持つのです。
差額配分法とは何か?その考え方と実務への応用
差額配分法の基本構造
継続賃料を求める際の代表的な手法が差額配分法です。これは、「新規賃料」と「現行賃料」の差額を、貸主と借主の間でどのように分けるか?という考え方に基づいています。
- 評価式:
継続賃料 = 現行賃料 +(新規賃料 - 現行賃料)× 配分割合
この「配分割合」が評価の要諦であり、たとえば折半する場合は50%とされます。
なぜ配分が必要なのか?
たとえば、オフィス賃料が新規では月額40万円になっている一方、現行賃料は30万円のままだとしましょう。
この場合、差額は10万円です。
この10万円をオーナー・テナントにどのくらい帰属させるか?というのが配分割合の考え方です。
- 折半であれば → 10万円÷2 = オーナーに10万円
- 借主寄り(例:33%配分) → 10万円÷ 3 = オーナーに3.3万円
- 貸主寄り(例:66%配分) → 10万円÷3×2 = オーナーに6.6万円
このように、同じ前提でも「どちらに有利に見るか」で結果が大きく異なってきます。
配分の判断要素
配分割合は、「契約期間」「借主の地位の安定性」「物件の代替可能性」「改修の履歴」「立地」「供給状況」「経済変動」などを総合的に勘案して設定されます。
例えば、長期にわたり安定して借りている優良テナントがいる場合、貸主は安定収入を得ているという事実から、借主寄りの配分になることがあります。
一方で、需要の強いエリアで代替物件も豊富にあるなら、貸主寄りに配分されやすくなります。
新規賃料│賃料の基礎を決める「積算法」と「賃貸事例比較法」
継続賃料の基礎となる「新規賃料」を求めるためには、通常は積算法または賃貸事例比較法を用います。
積算法とは│オーナー目線の賃料
積算法は、物件から得られる期待収益(賃料)を、次のような要素に分解して積み上げる方法です。
- 基礎価格 × 期待利回り
- そこから、公租公課(固定資産税等)・維持管理費・空室損失等の必要諸経費を加算
たとえば、評価額1億円、期待利回り4.0%、年間必要諸経費100万円の場合:
- 基礎価格 1億 × 期待利回り 4.0% = 400万円
- 400万円 + 必要諸経費等 100万円 = 新規賃料 500万円
- 月額換算:500万円 ÷ 12 = 約41.6万円
この41.6万円が「積算法による新規賃料」となり、次の賃貸事例比較法とあわせて新規賃料を求めていきます。
賃貸事例比較法とは│近隣の成約事例を参考にする
賃貸事例比較法は、似たような条件の物件の賃料を集め、これを参考にして対象物件の適正賃料(新規賃料)を試算する方法です。
例えば、次のようなオフィスビルの事例を収集して、対象物件と建物グレードや広さ等を比べながら賃料を求めます。
ちなみにこういった事例は不動産鑑定士が有料サイト(アットホーム、フレンドなど)で収集しています。
物件 | 立地 | 築年数 | 面積 | 月額賃料(㎡単価) |
---|---|---|---|---|
A | 天神中心部 | 築10年 | 100㎡ | 3,000円 |
B | 天神中心部 | 築8年 | 120㎡ | 3,200円 |
C | 天神中心部 | 築12年 | 90㎡ | 2,900円 |
対象物件が築10年、150㎡であれば、3,000円/㎡(月額45万円)が賃貸事例比較法による新規賃料となります。
新規賃料を決める│積算法と賃貸事例比較法のどちらを重視するか
このように、新規賃料をしっかり把握することで、「賃料差額」を求めることが出来ます。
差額配分法の現実的な使い方:双方の納得感が大事

オーナーとテナントの「落とし所」
実際の交渉や訴訟では、差額配分法が使われることが多い理由は、「納得感があるから」と言われています。
実務でも重宝される分かりやすい手法です。
特にオーナーとテナント双方に一定の合理性がある場合、この方法を用いることで「片方が一方的に得をする」という構図を避けられます。
【事例】
現行賃料:30万円、新規賃料水準:40万円
- オーナーは「現行30万円は相場の賃料水準より安い」と主張
- テナントは「昔から契約が続いている(家賃を払ってきている)のだから、相場より安くて当然」と主張
→ 折半すれば35万円という金額になり、差額が公平に配分されていれば、もし民事訴訟となった場合でも裁判所で「妥当」と判断されやすくなります。
差額配分法(折半法)の使いどころ
差額配分法のなかでも、「折半法」は非常に分かりやすく、実務でもしばしば使われます。ただし、すべてのケースで折半が合理的とは限りません。
テナントに事情(長期にわたって入居していて、地域的な発展に十分に寄与してきた等)があるなら借主寄り(1:2)、あるいは貸主側に有利な場合(建物に多額の設備投資をしてきた等)ならオーナー寄り(2:1)という判断もあり得ます。
不動産鑑定士はこのあたりのバランス感覚を大切にしながら、鑑定意見としての「納得感」を丁寧に作っていくのです。
まとめ:差額配分法は「新規賃料」と「既存契約」の双方を大事にする
家賃の不動産鑑定、とくに継続賃料の評価では、新規賃料と現行賃料の差をどう捉え、どのように配分するかが最大の焦点です。
差額配分法はそのための有効な手法の一つであり、積算法や賃貸事例比較法をベースにした新規賃料の見極めが非常に大事です!
そして何より重要なのは、オーナー・テナント双方が納得できるだけの「合理性」と「説明力」です。
不動産賃貸契約が長期化し、かつ土地や建物の価格変動も激しい時代になっています。
だからこそ、納得感のある家賃評価がこれまで以上に求められていると思います。
特に福岡では、土地価格高騰に伴い、家賃に関するご相談が増えてきています。
当事務所でも、説明力向上のため、賃貸事例の収集や不動産市況の把握に日々努めています!
以上です。お読みいただき、ありがとうございました。
不動産鑑定士 上銘 隆佑

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