
はじめに:個人投資家こそ知っておくべき「鑑定評価額」の力
2026年1月6日、サンケイリアルエステート投資法人に対し、トーセイおよびシンガポール政府投資公社(GIC)関連会社を背景とする公開買付け(TOB)が発表されました。
提示された公開買付価格は一口当たり125,000円です。
J-REITの個人投資家にとって、日々の投資口価格(株価)の変動は最も気になる指標でしょう。
しかし、不動産鑑定士の視点から言えば、リート投資の真の醍醐味は「株価」の背後にある「不動産鑑定評価額(実物資産の裏付け)」にあります。
今回のTOB事例は、不動産鑑定評価がいかに投資主の利益を守り、市場価格が歪んだ際の「正解」を提示するかを教える、非常に意義深いケーススタディです。
本稿では、不動産鑑定士が今回のTOB価格の妥当性を、鑑定理論とポートフォリオ戦略の観点から徹底解説します。
1. NAV(純資産価値)とTOB価格:なぜ「鑑定額」より高く買われるのか
まず注目すべきは、本投資法人が算出した2025年8月31日時点の一口当たり修正後NAV(108,413円)です。
NAVとは、保有物件を鑑定評価額ですべて売却し、負債を返済した後に残る「解散価値」に相当します。
今回のTOB価格125,000円は、この鑑定評価ベースの解散価値をさらに約15%上回る、NAV倍率1.15倍という高い水準で設定されました。
個人投資家が直面していた市場価格は、長らくこのNAVを割り込む「1倍割れ」の状態で推移していました。
しかし、プロの投資家である公開買付者らは、「J-REIT市場は不動産の本源的価値を反映していない」と断言しています。
鑑定評価額が示す「ストックの価値」を信じ、市場の過小評価を「買い場」と判断したのです。
1.15倍のプレミアムは、鑑定評価額という「最低限守るべきライン」を土台にしつつ、非公開化後の柔軟な運用によるさらなる収益向上を期待した「攻めの評価」であると言えます。
2. 旗艦物件「東京サンケイビル」売却にみる鑑定士の選別眼
本投資法人はTOB公表直前の2025年8月に、かつての旗艦物件であった「東京サンケイビル(共有持分2%)」を2,685百万円で売却しました。
この価格は鑑定評価額(2,680百万円)をわずかに上回る水準です。
不動産鑑定士の視点で見ると、この売却は極めて戦略的です。
- NOI利回りの改善: 当該物件の利回りはポートフォリオ平均(鑑定NOI利回り3.9%)を下回る低利回りでした。
- コストリスクの回避: 築年数の経過に伴う大規模修繕費用(CAPEX)の増大が予見されていました。
鑑定評価は単なる「今の値段」を出すだけでなく、将来のコスト負担も織り込みます。低利回りでコスト増が見込まれる物件を、鑑定評価額以上の高値圏でキャッシュ化したことは、ポートフォリオの質を向上させ、結果として今回のTOBにおける高い評価(125,000円)を導き出す重要な要因となったのです。
3. 「日立九州ビル」の空室リスクと「鑑定評価」の安定性
主要物件である「日立九州ビル」の空室問題は、鑑定評価の役割を理解する上で重要です。
2025年9月末、主要テナントの退去により、本投資法人の総賃貸可能面積の約20.6%に相当する巨大な空室が発生しました。
市場(株価)であれば、分配金の激減を懸念してパニック売りが起きてもおかしくない状況です。
実際、収益性のみを重視するDDM法(配当割引モデル)による価値算定では、一時的な「大幅な減収減益」が織り込まれています。
しかし、不動産鑑定士の視点は異なります。鑑定評価では、一時的な空室よりも、物件自体の立地や「マルチテナント化」といったバリューアップ後の収益力(本源的価値)を重視します。
公開買付者らは、J-REITという「短期的な分配金維持」が求められる枠組みを外れ、一時的な収益低下を厭わず数年がかりのリテナント投資(本リストラクチャリング)を行うことで、鑑定上のポテンシャルを引き出せると判断したのです。
鑑定評価額という「ブレない基準」があるからこそ、短期的な悪材料に惑わされず、資産の真価に基づいたTOB価格が提示されたといえます。
4. 投資主を守る「鑑定ベース」の交渉プロセス
今回のTOB価格が125,000円まで引き上げられた背景には、本投資法人の特別委員会による粘り強い交渉がありました。
当初の提示価格は108,500円でしたが、これは当時のNAV(108,413円)とほぼ同等、つまり「解散価値そのまま」の価格でした。
特別委員会は、みずほ証券による算定書(不動産鑑定評価を基礎とした修正純資産法等を含む)を武器に、5回にわたる価格改善要求を行いました。
最終的に合意された125,000円は、以下のすべての算定レンジを上回っています。
- 市場投資口価格基準法: 98,926円 ~ 103,189円
- 修正純資産法(鑑定ベースNAV): 108,413円
- DDM法(配当ベース): 83,240円 ~ 123,294円
不動産鑑定評価額から導き出された「NAV」という客観的な物差しがあったからこそ、市場価格に流されることなく、投資主にとって「有利な価格」をプロ同士の交渉で勝ち取ることができたのです。
結論:不動産鑑定評価は投資家の「羅針盤」である
サンケイリアルエステート投資法人のTOB事例の教訓は、「市場価格(投資口価格)は常に変動するが、実物資産の価値(鑑定評価額)は安定して推移する」ということです。
不動産鑑定士の役割は、市場が過熱しているときには警鐘を鳴らし、逆に市場が冷え込んでいるときには資産の「底値(本源的価値)」を証明することにあります。
今回のケースでは、鑑定評価額をベースとしたNAVが、買収者にとっては「割安な地図」となり、投資主にとっては「高値売却を実現する交渉の根拠」となりました。
投資主の皆様におかれましては、今後リート投資を判断する際、単に配当利回りやチャートを見るだけでなく、「鑑定評価額に基づいたNAV」をぜひチェックしてください。
それは、市場が荒れたときにあなたの大切な資産を守る、最も信頼できる羅針盤になるはずです。
今回のTOBは、不動産鑑定による価格の裏付けを根拠とした貴重な事例と考えています!
以上です。お読みいただき、ありがとうございました。
この記事の執筆者

不動産鑑定士 上銘 隆佑
Ryusuke Joumei
上銘不動産鑑定士事務所代表。
大和不動産鑑定株式会社東京本社に入社し、2019年に不動産鑑定士登録(第10401号)。国内系不動産アセットマネジメント会社への出向を経て、大和不動産鑑定株式会社九州支社へ赴任。
適正家賃、関係者間売買、証券化対象不動産、銀行の担保不動産、公有地の売買に係る不動産鑑定評価を中心に、不動産鑑定評価に携わる。
不動産鑑定業 福岡県知事 第(1)-347号
info@jkantei-office.com
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(キーワードの解説)
NAV(ナブ): 保有資産の鑑定評価額に基づく純資産。リートの「実力」を測る最重要指標。鑑定評価額: 不動産鑑定士が収益性や市場性を多角的に分析し算出した適正な価格。
NOI利回り: 運営純収益の取得価格に対する割合。本投資法人は3.9%と堅実な水準を維持。
旗艦物件: ポートフォリオの顔となる物件。本投資法人は「東京サンケイビル」や「日立九州ビル」。
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