
こんにちは。不動産鑑定士の上銘(じょうめい)です。
不動産セキュリティ・トークン(ST)への投資を検討されている方から、よくこんな質問をいただきます。
「不動産STの価格は『鑑定評価額』に基づいていると言いますが、その鑑定評価額って、本当に信用していい数字なんですか?」
「運用会社(依頼者)に忖度して、高めの金額を出していたりしませんか?」
非常に鋭く、そしてもっともな疑問です。
株価のように市場が常に監視しているわけではない「不動産」という資産において、特定の専門家が出した数字がそのまま価格の基準になる。これに対して不安を感じるのは、投資家として健全な感覚だと思います。
しかし、結論から申し上げますと、不動産STにおける鑑定評価額は、これまでの不動産投資商品の中で最も厳格に、そしてシビアに算出されている数字だと言っても過言ではありません。
なぜそう言い切れるのか?
今回は、デジタル証券(ST)の価格決定の裏側で、私たち不動産鑑定士がどのように動き、どのような責任を負って「数字」を出しているのか。その真実をお話しします。
1そもそも「言い値」が通じない世界
まず、不動産STにおける鑑定評価が、一般的な不動産取引の査定とどう違うのかを整理しましょう。
個人の住宅売却や、プロ同士の相対取引(市場を通さない売買)では、ある程度の「駆け引き」が存在します。
「売り手は高く売りたい」「買い手は安く買いたい」。その間を取って価格が決まるため、提示される査定額には多少の思惑が混ざることがあります。
しかし、不動産STは違います。
これは金融商品取引法に基づく「有価証券」であり、不特定多数の投資家から資金を集める公募商品です。
ここで鑑定士が適当な数字を出して、もし実際の価値と大きく乖離していたらどうなるか。
投資家の資産を棄損させることになり、私たち鑑定士は法的責任を問われるだけでなく、不動産鑑定士としての免許を失うリスクすらあります。
特に不動産STは、証券会社や銀行といった金融のプロが間に入り、さらに金融庁の監督下に置かれます。
私たち鑑定士が提出する「鑑定評価書」は、何重ものチェックを受けます。
「なんとなく高めに評価しておきました」という理屈は、この厳格なコンプライアンス体制の中では、1ミリも通用しないのです。
デジタル証券の価格はなぜ「鑑定評価額」に収束するのか
不動産STの最大の特徴は、「取引価格が鑑定評価額(NAV:純資産価値)に連動しやすい」という点です。
J-REIT(上場不動産投資信託)の場合、どんなに鑑定評価額が高くても、株式市場の雰囲気が悪ければ、投資口価格は大きく下がります。
逆に、バブル的な熱狂で実力以上に高騰することもあります。
一方で、不動産STの市場(大阪デジタルエクスチェンジなど)では、投資家の多くが「最新の鑑定評価額に基づく価格(NAV)」を「正解の価格」として認識しています。
投資家の心理メカニズム
例えば、あるST銘柄の1口あたりのNAV(鑑定評価額ベースの純資産)が10万円だと公表されたとします。
- 売り手: 「プロの鑑定士が10万円の価値があると言っているのだから、8万円で売るのは損だ。少なくとも10万円付近で売りたい」と考えます。
- 買い手: 「10万円の価値があるものが、もし9万円で売られていたら割安だ。すぐに買おう」と考えます。
このように、市場参加者全員が鑑定評価額を「アンカー(錨)」として行動するため、結果として取引価格は鑑定評価額の周辺にピタリと収束していくのです。
つまり、私たち不動産鑑定士が出す数字が、そのままダイレクトに市場価格(=投資家のみなさんの資産額)になるという極めて重い責任を負っているのが、不動産STという商品なのです。
不動産鑑定士は現場で何を見ているか
では、その「重い責任」を負った鑑定評価額は、具体的にどうやって決められているのでしょうか。
机の上で電卓を叩いているだけではありません。私たち鑑定士は、その不動産の「健康状態」を徹底的に診断しています。
私が実際にST案件の評価を行う際、特に注視しているポイントをいくつかご紹介します。
① テナントの「退去リスク」を嗅ぎ取る
満室稼働中の物件でも、「本当に安定しているか?」を疑います。
テナント企業の業績は悪化していないか? 定期借家契約の残り期間は十分か?
時には、そのビルに入っているテナントの業種構成を見て、「この業界は今向かい風だから、賃料減額要請が来るかもしれない」といったリスクシナリオまで織り込みます。
② 建物の「見えないコスト」を暴く
図面や修繕履歴を見るだけでは不十分です。
実際に現地へ足を運び、管理人の清掃状況を確認し、ゴミ置き場の臭いをチェックし、共用部の電球が切れていないかを見ます。
管理が行き届いていない物件は、将来的に設備の故障が増えたり、テナントの満足度が下がって空室が増えたりするからです。
これら「将来かかるかもしれないコスト」を厳しめに見積もり、現在の価値から差し引いて計算します。
③ エリアの「未来」を予測する
「今の相場」の比較だけではなく、「将来の相場」も見据えます。
例えば、近くに競合となる新しいオフィスビルが建設予定であれば、将来的に需給バランスが崩れて賃料が下がる可能性があります。
逆に、新駅の開業や再開発が進んでいるなら、将来的な資産価値の上昇(アップサイド)が見込めます。
これらをすべて数値化し、論理的に積み上げた結果が、みなさんが目にする「鑑定評価額」なのです。
「キャップレート(還元利回り)」という最重要指標
鑑定評価書の中で、最も重要かつ、不動産鑑定士の腕が問われるのが「キャップレート(還元利回り)」の決定です。
不動産価格は、大まかに言うと「純利益 ÷ キャップレート」で決まります。
このキャップレートは、「投資家がその不動産にどれくらいのリターン(利回り)を求めているか」を示す指標です。
- リスクが低い一等地のビル:みんなが欲しがるので、利回りが低くても売れる(=価格は高くなる)。
- リスクが高い地方の古いビル:高い利回りがないと誰も買わない(=価格は安くなる)。
このキャップレートを「4.0%にするか、4.1%にするか」。
たった0.1%の違いですが、物件価格が数億円単位で変わってしまうこともあります。
私たち不動産鑑定士は、類似物件の取引事例を分析し、投資家へのヒアリングを行い、金利動向を睨みながら、この0.1%のせめぎ合いを真剣に行っています。
「なんとなく」で決めることは絶対にありません。なぜなら、その0.1%の根拠を、監査法人や投資家に対して論理的に説明できなければならないからです。
投資家のみなさんに見てほしい「数字」
ここまでお話しした通り、不動産STの鑑定評価額は非常に高い精度と信頼性を持っています。
しかし、投資家のみなさんには「鑑定評価額の総額」だけでなく、ぜひもう一歩踏み込んで見ていただきたい数字があります。
それは、「NOI(Net Operating Income:純収益)の推移」です。
鑑定評価額(物件価格)は、市場のキャップレート(利回り相場)の変化によって変動することがあります。
しかし、NOIはその不動産が稼ぎ出す「基礎体力」そのものです。
- 鑑定評価額が下がっていても、NOIが変わっていなければ:
それは金利上昇などの外部要因によるもので、物件自体の稼ぐ力は落ちていません。保有し続ければ配当は維持されます。 - 鑑定評価額が変わっていなくても、NOIが下がっていれば:
これは危険信号です。稼ぐ力が落ちているのに、利回りの調整で価格が維持されているだけかもしれません。
不動産STでは、半年ごとの運用報告書(アセットマネジメントレポート)で、このNOIや鑑定評価の概要が開示されます。
ここをしっかりチェックすることで、表面的な価格変動に惑わされず、本質的な価値判断ができるようになります。
まとめ:不動産鑑定士は投資家の門番的役割
今回は、少し専門的な内容に踏み込んでしまいましたが、お伝えしたかったのは以下の3点です。
- 不動産STの鑑定評価額は、公募商品としての厳しい監視下にあるため、恣意的な操作が極めて難しい。
- 不動産鑑定士は「現場のリアル」と「市場の論理」の両面から、厳密に価値を算出している。
- 投資家のみなさんは、鑑定評価額を信頼しつつ、その内訳(NOIなど)を見ることでさらに賢い投資ができる。
私たち不動産鑑定士は、依頼者(運用会社)から報酬をいただいて仕事をしていますが、本当に見ているのは「その背後にいる投資家のみなさん」です。
不特定多数の投資家が参加するデジタル証券市場において、適正な価格形成を守る「門番」としての役割を果たすこと。
それが、これからの鑑定士に求められる最大の使命だと、私は考えています。
「このST商品の鑑定評価書、専門用語が多くてよく分からない」
「レポートに書いてあるリスク要因、プロはどう見る?」
そんな疑問があれば、ぜひ不動産鑑定士の上銘までご相談ください。
デジタルな数字の向こう側にある、不動産のリアルな姿を翻訳してお伝えします。
以上です。お読みいただき、ありがとうございました。
この記事の執筆者

不動産鑑定士 上銘 隆佑
Ryusuke Joumei
上銘不動産鑑定士事務所代表。
大和不動産鑑定株式会社東京本社に入社し、2019年に不動産鑑定士登録(第10401号)。国内系不動産アセットマネジメント会社への出向を経て、大和不動産鑑定株式会社九州支社へ赴任。
適正家賃、関係者間売買、証券化対象不動産、銀行の担保不動産、公有地の売買に係る不動産鑑定評価を中心に、不動産鑑定評価に携わる。
不動産鑑定業 福岡県知事 第(1)-347号
info@jkantei-office.com
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