
継続家賃評価の悩み:直近合意時点とのギャップを埋める
不動産鑑定士として家賃の評価をする際、特に頭を悩ませるのが、長く続いている賃貸借契約の家賃、つまり継続家賃の適正水準を見極めることです。
「10年前に決めた家賃が、今の経済状況や物価、相場と比べて妥当なのか?」という、まさに時間のギャップが生じてしまうからです。
この時間のズレを論理的に調整し、貸主・借主の双方にとって公平な家賃を導き出すために使うのが「スライド法」です。
簡単に言えば、賃貸借契約の直近合意時点の家賃をベースに、そこから現在までの間に起こった経済状況や元本価格(不動産価格)の変動率を乗じて、今の家賃を計算する手法です。
スライド法の基本構造:純賃料と総額、どう分ける?
スライド法は、家賃を構成する要素をどう扱うかによって、主に2つのアプローチがあります。
1. 純賃料スライド法
このやり方では、家賃を「純賃料」と「必要諸経費等」に分けて考えます。
- 純賃料:土地・建物という不動産そのものの対価。家賃の元本となる部分です。
- 必要経費:固定資産税、維持管理費、保険料など、賃貸経営に不可欠な実費。
純賃料は、土地価格の上昇や建物の価値変動の影響を強く受けるため、マクロな経済指標や不動産指標を使ってスライドさせます。
一方で必要諸経費等は、現在の実費をそのまま加算します。
この手法は、家賃を純賃料と必要諸経費等に分けてスライドさせるため、納得感の高い評価が可能です。
継続家賃=直近合意時点の純賃料×スライド率+現在の必要経費
2. 総額スライド法
こちらは家賃の全体額、つまり総額スライドとして、純賃料と必要経費を区別せず、家賃全体に一律のスライド率を乗じます。
計算がシンプルで分かりやすいのがメリットですが、家賃の構成要素の変動(例えば、経費は上がったが純賃料の変動は緩やか、など)を細かく反映できないのがデメリットです。
スピーディな評価が求められる場合などに使われることがあります。
継続家賃=直近合意時点の総額家賃×スライド率
評価の要諦:マクロスライド指数で裏付けられた説得力
スライド法で最も頭を悩ませ、かつ評価の質を分けるのが、「どの指標(指数)を採用してスライドさせるか」です。
この指標の選択と重み付けこそが、評価の説得力を左右します。
ここで重要になるのが、マクロスライド指数の活用です。
これは、物件一つ一つの事情ではなく、国や地域の経済全体、不動産市場全体に影響を与える公的な指標を指します。
採用される主要なスライド指数の例
- 土地価格の上昇の推移
- 家賃の元本の変動を直接反映するため、最重要指標です。
- 前面路線価の推移(国税庁)も当然大事ですが、同一需給圏内全体の土地価格の推移も説得力を高めるために必要です。
- 賃料水準の推移
- 例えば、福岡市内の物件であれば、類似エリア内の賃料単価をマーケットレポート等で調査可能です。
- 10年前の事務所の契約であれば、+20%~+50%ほど上昇していても不思議ではありません。
- 建設工事費の推移
- 昨今、建築費の上昇が著しいです。
- 国土交通省の工事費デフレーターは長期的に公表されていて、とても有用です。
- GDP(国内総生産)の推移
- 経済全体の成長率を示す指標で、企業の支払い能力や個人の所得水準の変化を間接的に裏付けます。
- 景気や物価が直近合意時点と比べてどうかという点で大事です。
- 消費者物価指数(CPI)の推移
- 物価の変動を示す指標で、必要経費の上昇や、貨幣価値の変動を考慮するために使われます。

重み付けは客観性を重視
不動産鑑定士は、これらのマクロな指数を一つだけ使うのではなく、複数の指数を組み合わせて、独自の「スライド指数」を作り上げます。
このとき、「どの指数に、どれだけの比重を置くか(重み付け)」が極めて重要になります。
例えば、土地価格の上昇が著しい都心物件であれば、「路線価の推移」に最も高い重み付けをします。
一方で、物価変動の影響が大きい物件であれば、「消費者物価指数(CPI)」のウエイトを少し高めます。
この指数選定と重み付けは、物件の特性、市場の状況、直近合意時点の契約背景などを詳細に分析した上で行われます。
この分析があってこそ、導き出された家賃額が単なる計算ではなく、客観的な説得力を持つものになります!
まとめ:スライド法は「過去」から「今」へスライドさせる手法
スライド法は、継続家賃の評価において、直近合意時点からの時間経過による経済情勢の変化を調整する、欠かせない手法です。
純賃料スライドや総額スライドといった方式があり、路線価の推移やGDPの推移などのマクロスライド指数に適切な重み付けを行うことで、評価に説得力を持たせます。
この手法は、過去の家賃を不動産鑑定士の情報収集で、今日の市場に合った公正な水準にスライドさせる説得力の高い手法と言えます。
以上です。お読みいただき、ありがとうございました。
不動産鑑定士 上銘 隆佑
コメント